小菅集治監製法務省旧本館 基礎れんが
こすげしゅうじかんせいほうむきょくきゅうほんかん きそれんが
概要
1872(明治5)年わが国近代初の監獄法『監獄則(かんごくそく)並(ならびに)図式』が発布され、その中には、れんがを製造する窯とれんがの各種型枠が図として添付されるなどれんがの製造法まで記されていた。古くから囚人の苦役は、人の嫌がる汚れ仕事という考え方があり、れんが製造は監獄になじむ作業とされていた。1870(明治3)年東京府所轄の葛飾の小菅(こすげ)にれんが製造所が設けられ、1872(明治5)年、銀座煉瓦街建設のため、イギリス人ウォートルスの指導により、近代的なホフマン窯が築造された。この場所に、1878(明治11)年に東京(小菅)集治監(しゅうじかん)を建設するとともに、3基のホフマン窯を引き継ぎ、囚人によるれんが製造が本格的に行なわれている。また、1883(明治16)年には、ここで養成された優秀なれんが技能囚を三池集治監に移送しており、以降、各地方監獄にその技術を伝播させていった。桜花刻印
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