漆耳杯
うるしじはい
概要
一対の把手がひとの顔の両耳に見えることから、「耳杯」と呼ばれる。薄い木胎に下地を塗り、その上に漆を塗っている。平底には楕円形の高台がつく。破断面を見ると、高台はコクソ漆と思しき可塑性の材質を芯として底部に盛りつけ、そのうえに漆を塗っているのが分かる。外面および把手は全面朱漆、内面は黒漆を塗る。内面見込みには朱色と黄色で巻雲文と鳳凰文を描く。見込み部分の片側の長辺には朱漆で「□(利)王」と書く。
耳杯は羹や酒を盛る容器として戦国時代(紀元前5~前3世紀)に登場し、秦漢時代(前3~2世紀)に盛んに作られ、魏晋南北朝時代(3~6世紀)まで使われた。本作の「利王」と読める銘は、楽浪遺跡群の王盱墓、王光墓などから出土した漆器に多数の該当例がある。