山
概要
萬がピカソやブラックらの西欧のキュービスムに魅力を感じはじめたのは、1915年ごろである。この時期の風景画や静物画には、がっちりとした鋭い形態が用いられるようになっており、それらはキュービスム風といってよい。
この作品は、道のはるか前方に大きな山が見え、暗く見える空には雲が浮かんでいることから、よく晴れた晴天の日の風景であることが分かるであろう。力強い輪郭線をもつ山の描写などから、キュービスムの様式との類似点が指摘される。
濃い茶褐色で覆われた重々しい作風は、大正時代の絵画に共通の傾向であるが、それは明治末期に創刊された文芸誌『白樺』や『スバル』らの個性尊重の時代思潮と軌を一にする。それらの雑誌は、人格、個性、内面の表出という立場を強調しているが、そうした芸術観は、本来、キュービスムの様式とは相入れないものだと思われる。そのために、大正期の萬においては、激しい葛藤のドラマが展開することになったようである。(中谷伸生)