海浜
かいひん
概要
茅ケ崎時代の水墨画への本格的な取組みは、彼の造形思考の展開と深く結びつく。西洋の絵画思潮との格闘の果て肉体的、精神的に苦境に陥った彼は、それを打開する活路を日本の伝統的な南画に求めた。この絵が描かれた大正11年は、水墨画による個展を開くばかりか、南画の革新性を巡る文芸評論家との雑誌での論争や、浦上玉堂、池大雅に関する文章の発表など彼の南画研究が頂点を迎えた年であった。本作は萬の水墨画の典型的作例で、湾曲した海岸線、重畳する砂丘、家屋、小船など、様々な形象がリズミカルに配置され、透視図法によらずに奥行きを感じさせる特異な絵画空間が生み出されている。彼は浦上玉堂論の中でその作品に接した時「看者の受けるものは、一つの統一を得たリズムである。筆のリズム、墨のリズム、無論それは人のリズムである」「カンジンスキーなどのものに共通する、或るものがある」と述べているが、この言葉は彼自身の水墨画の特色をも的確に言い当てている。