流廃寺跡
ながれはいじあと
概要
阿武隈(あぶくま)高地の南端の丘陵上に立地する9世紀後半創建,10世紀中頃に広範囲に及ぶ火災により廃絶した山林寺院跡(さんりんじいんあと)。平成4年から実施された発掘調査の結果,ほぼ一本の尾根筋に沿って並列する13箇所の人工的な平坦地と9棟の礎石建物等が極めて良好な状態で検出された。
検出された建物には,伽藍の中心を構成すると考えられる大規模な建物と,小規模な建物があるが,いずれもそれぞれ独立した平坦地や緩斜面に建てられている。そして,これらの平坦地を結ぶ通路や階段が検出されたことにより,伽藍内の導線を復元することができる。
また踏査で発見された,刀身に梵字と炎状の文様を交互に配する金銀象嵌鉄剣(きんぎんぞうがんてっけん)は,不動明王像所持の剣か,僧や修験者が所持した剣と考えられ,明治時代に採集された銅製三鈷杵(さんこしょ)とともに,流廃寺が密教的な性格を有していたことを示す遺物として注目される。
平安時代の山林寺院の伽藍のあり方や密教の伝播を知る上でも重要である。