類秘抄
るいひしょう
概要
『類秘抄』は真言密教勧修寺流の開祖として著名な寛信(一〇八五-一一五三)の撰述になる事相書である。内容は諸経儀軌章疏の文を抄録し、併せて先徳の諸口決、口伝、図像指図等を集め編纂したものである。
本書は高山寺旧蔵本で、田中教忠コレクションのうちとして伝来したものである。田中本は『類秘抄』全七巻のうちの「大自在天」以下「五大尊」「十一面」「愛染(水)」の四巻からなり、各巻首には高山寺子院「方便智院」の朱方印がある。
体裁は巻子装で、各巻とも見返部分に厚手楮紙の旧表紙を存し、「類秘抄」と外題を墨書する。料紙は楮紙を打紙(「愛染」巻は素紙)して用い、うち「大自在天」巻には建保七年(一二一九)具注暦の紙背を利用する。本文の筆跡は「十一面」巻本文と「愛染」巻は筆を異にするが、「大自在天」「五大尊」の両巻と「十一面」巻の図像、奥書部分は同筆で、ともに暢達した筆致で書写されている。「愛染」巻を除き文中に朱墨仮名、朱ヲコト点(東大寺三論宗点)、声点、注記等を付している。奥書は「愛染」巻以外の三巻にみえ、「大自在天」巻の「本云、仁平四年五月十七日、於勧修寺西明住房、以故法印御房御自筆草案本冩了、智海」の本奥書および「承久二年二月十五日書之、定真」の書写奥書以下によって、仁平四年(一一五四)に智海(興然)が故寛信の自筆草稿本を写した本を、承久二年(一二二〇)二月に明恵房高弁の高弟定真が書写したものであることが判明する。
田中本『類秘抄』の特徴は、同じく定真筆になる高山寺蔵本にはみえない図像類があることで、「大自在天」巻には四天王像五図、「十一面」巻には観音図像八図が収められている。前者の図像は、東寺講堂・金堂、小栗栖薬師堂、勧修寺本堂・御影堂の各像で、なかでも小栗栖薬師堂像以下の三像は他の図像集にはあまりみられないものとして注目される。とくに勧修寺御影堂図に続く四天の頭部のみの図像は、おそらく智海本を忠実に臨写したものと考えられ、仁平年間の姿をそのままに伝えた図像として価値が高い。後者の図像は、『覚禅抄』巻第四十四「十一面」に引用されている原本に相当し、『類秘抄』と『覚禅抄』との密接な関係を伝えている。またこれらの図像類は、『覚禅抄』等に比較すると、装飾性を排したより原本に近似する特徴を示し、『覚禅抄』等に先行する平安時代院政期の図像を併せ伝えた古写本として、密教図像研究上にも注目される。