Nの家族(小出楢重筆 一九一九/油絵 麻布)
えぬのかぞく
概要
小出楢重【ならしげ】は、大阪に生まれ、岸田劉生【りゅうせい】や中村彝【つね】らと同時代の画家であり、黒田清輝以来主流となっていた白馬会系の当時の洋画壇に飽きたらず、単なる洋画の輸入ではなく日本独自の油絵を確立しようと真摯に努めた画家の一人である。「Nの家族」は大正八年の第七回二科展に出品され、他の二点とともに有望な新人に与えられる樗牛賞を贈られ、それまで不遇であった画家が画壇に地歩を築くきっかけとなった作品である。
小出は、「Nの家族」制作において、明らかにこのような意識のもとに、確固とした構図と技法による本格的な油絵を描こうとしていたことが推測されるが、後年、自ら「日本人の油絵の共通した欠点は、絵の心ではなく、絵の組織と古格と伝統の欠乏である」(『油絵新技法』)と記し、一方で「高橋由一、川村清雄、あるいは原田直次郎等の絵を見ても如何に西洋の古格を模しているかがわかる」(同前)と述べており、そのような信念の萌芽が看取されよう。蝋燭の光を思わせる陰影や、フランドル等の室内画を思わせる背景に描かれた鏡やカーテン、ホルバインの画集、そしてセザンヌ風の手前の静物など、雑多な要素を連想させるうえに、三人の人物は画面いっぱいの大きさに描かれているというように、ともすれば煩雑で不統一の画面になりかねない構成であるが、実際にはきわめて均衡のとれた緊密な構図と重厚な色彩をもった、密度の高い作品となっている。
制作当時、すでに劉生や河野通勢等の画家が北欧ルネサンス風の写実的な表現を追求していたが、本図の画風はそれらの影響というよりは、小出自身の必然的な欲求に起因するものというべきであろう。画家の関心は描かれる対象自体の写生ではなく、あくまでも画面における造形的な均衡と充実にあり、そのような姿勢は大正十年の渡欧を経て晩年に至る、小出の裸婦や静物画群においても一貫しているといえよう。
本図は小出楢重の前期の代表作であるばかりでなく、その緊密で力強い構成と表現により大正時代の洋画を代表する一作といえよう。