日本煉瓦製造株式会社製汐留遺跡(新橋停車場)出土れんが
にほんれんがせいぞうかぶしきがいしゃせいしおどめいせき(しんばしていしゃじょう)しゅつどれんが
概要
1872(明治5)年10月に日本最初の鉄道が新橋・横浜間に開通した。 当初は東京・京都間、大阪・神戸間と米原・敦賀間が予定されたが、予算が下りずモデルケースとして新橋・横浜間約29km の敷設を行うことになった。 技術・資金の支援については鉄道発祥国の英国を選定、1870(同3)年英国人エドモンド ・モレルを建築師長にし工事を開始した。予算の関係で橋梁は当初鉄製でなく木製であった。鉄道に対する不信もあり、芝・品川付近は海上に築堤を築き鉄路を敷設し、結果的に全線の3分の1の約10kmが海上の鉄道となった。初代の新橋停車場駅舎は米国人ブリジェンスの設計で、現在元の位置に復元されている。1914(大正3)年、旅客機能が東京駅へ移り新橋駅は現在の位置に移設、跡地は貨物専用の汐留駅となった。初代駅舎は大正12年(1923年) の関東大震災で焼失した。その後、1986(昭和61)年の汐留駅廃止に伴い跡地再開発に先んじて、埋蔵文化財発掘調査が1991(平成3)年から開始、旧新橋停車場駅舎やプラットフォームなど構内諸施設の礎石等が発掘された。このれんがはその際の調査で発掘されたものである。「上敷免製」刻印
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