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花瓶

かびん

概要

花瓶

かびん

花柳章太郎

はなやぎしょうたろう

高18.7/径12.3/胴周47.0

高さ約20センチほどの壺の銅に花柳章太郎の字で5つの句が書かれている。
すべて新派でよく上演される作品や役に関連した句で、「二代目の お蔦の襟や 冴えかへる」は泉鏡花原作「婦系図」のお蔦を詠んだもの。
「婦系図」はドイツ文学者の大学教授酒井俊蔵と、その弟子の早瀬主税と妻のお蔦の関係を中心に、酒井の娘の妙子を狙う河野英臣の企みとそれに対抗する早瀬、そしてお蔦の死と、波瀾万丈な物語となっている。新派では主税とお蔦の別れの場面である「湯島の境内」の場がよく上演された。
お蔦はかつて柳橋で人気の芸者で、明治41(1908)年の初演以来、花柳の師である喜多村緑郎が得意役としていた。昭和8(1933)年、花柳は師の後を継いで初めてお蔦を演じる。喜多村の静かな、芯の強いお蔦とは異なり、花柳のお蔦は気風の良い、冴えわたるような姿を見せたが、この句はその舞台姿を彷彿とさせる。
同じく喜多村の得意役だったのが「滝の白糸」の白糸役である。こちらも泉鏡花が原作で、小説「義血侠血」を舞台化したもの。水芸を得意とする女芸人の白糸と、乗合馬車の御者として働く村越欣弥の物語で、白糸は偶然出会った青年・欣弥が東京で法律を学ぶための学資を用立てる約束をする。芸人として落ち目になりながらも懸命に仕送りを続けるが、ついに罪を犯してしまう。白糸の裁判には検事としてはじめて法廷に立つ欣弥の姿があった。
水芸とは本物の水を用いた曲芸や手品の一種で、扇子や衣服などから水を噴出させる。歌舞伎でも涼しさを演出するために本物の水を使ったが、お蔦と同じく昭和8(1933)年に喜多村から白糸を譲り受けた花柳は、舞台上で実際に水芸を行うことにした。手にもつ扇や、舞台に咲き乱れるあやめの花から水を吹き上げさせる華やかな舞台は大好評となった。壺の句には「白糸の 名の涼しさに 吹きわけん」とあり、舞台の爽やかな印象が歌われる。

花柳が自ら作り上げた得意役を詠んだ句もある。
「琴の音の それにも梅の 匂ひあり」は「春琴抄」(谷崎潤一郎原作)の春琴を、「大雪や 女の傘の もち重み」は「明治一代女」(川口松太郎作)のお梅を思い出させる。
谷崎潤一郎の代表作である「春琴抄」は、盲目の美女春琴と、彼女に仕える佐助の異常な献身と愛を描いた作で、花柳章太郎はこの作が発表されるやいなや劇化を望み、久保田万太郎が脚色を行った。「鵙屋春琴」と題された戯曲は昭和10(1935)年に上演されたが、同じ年に花柳章太郎の盟友である川口松太郎が、師である久保田万太郎と競演する形で同じく「春琴抄」を舞台化しており、花柳はどちらの舞台にも春琴役で出演した。
川口松太郎版「春琴抄」では、原作にも登場する梅林での宴会をきっかけに門弟の利太郎との間にいざこざが起き、そのために春琴は襲われる。舞台「鵙屋春琴」「春琴抄」では琴の師匠として芸の道に目覚める春琴が描かれており、春琴の琴の音と梅の印象が歌われた一句となっている。
「春琴抄」が上演された昭和10(1935)年、花柳は川口松太郎作の「明治一代女」を上演したが、これは明治期に〈毒婦〉として有名になった花井お梅を主人公とした作品で、河合武雄が得意としていた役だった。大正期には「仮名屋小梅」として書き直され、新派で繰り返し上演された。川口松太郎は花柳にあててまず小説を書き、それを自ら舞台化させた。ひょんなことから浜町河岸で箱屋(芸者の供をする男性)の峯吉を殺害してしまうお梅だが、川口は従来のお梅のイメージを反転させるような、けなげで愛する男に一途なお梅の姿を描き、花柳はそのお梅を美しく演じるために衣装をはじめ様々な工夫を行った。花柳は殺しの場を雨から雪に変え、赤大名とよばれる赤と黒の大名縞の着物で臨んだ。壺には「大雪や 女の傘の もち重み」との句があり、お梅の持つ傘に積もっていく雪の重みを感じるようである。
なお、この句は花柳が自ら次の芝居小唄「明治一代女」を作詞した際に作られたもののようで、小唄の冒頭に掲げられている。

大雪や女の傘の持ち重み 河岸に枝垂れし枯柳 灯影ほのめくガス燈灯 赤大名に献上の 仇な潰しもつれ髪 ほんに辛気な渋蛇の目

芝居小唄とは歌舞伎や新派などを題材とした小唄で、大正期以降盛んに作られるようになる。
ここまで紹介したいずれの役も、花柳が新派の第一世代の役を受け継ぎ、第二世代のトップとして名実ともに認められてきた時期に演じはじめた役であり、花柳の財産ともいうべき役々である。

最後の「風鈴や 雨となりたる 風の合え」はどの役を歌っているか明確にはわからないが、映画「残菊物語」の一場面を想起させる。「残菊物語」(村松梢風原作)は最初新派の舞台で上演され、その後の次々に生まれる芸道物という作品群の代表的な存在である。昭和14(1939)年に溝口健二監督で映画化された。二代目尾上菊之助の悲劇を描いた作で、花柳が舞台・映画ともに菊之助を演じた。映画は好評で優秀映画選奨の第1回文部大臣賞を受賞しており、花柳にとっても大きい仕事であった。

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舞台 / 新派 / 谷崎 / 花柳

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