唐美人
とうびじん
概要
蠣崎波響(1764~1826)は第12世松前藩主資広(すけひろ)の5男として福山城に生まれ、家老蠣崎将監広当(ひろまさ)の跡継ぎとして養子になり、家老を務めた。
落款には「戌初冬製於梅痩栁眠邨舎波響」とあり、陸奥国伊達郡梁川(現福島県伊達郡梁川町)の波響邸で描かれたことがわかる。松前藩が梁川に移封されていた期間では、戌は文化11年(1814)にあたる。
円山応挙晩年の弟子で、波響と同時代に活躍した渡辺南岳(1767~1813)は同一の絵柄「楚蓮香図(それんこうず)」を描いている。楚蓮香は唐の玄宗皇帝時代、その香りにひかれて蝶が舞ったという幻想的な美女である。波響の「唐美人図」が文化11年作で、南岳はその前年の文化10年に死去しているので、明らかに波響の作品が後筆である。共通の師である応挙の作品を2人が写した可能性もあるが、現在確認されている2点のみを比較して、南岳の原本を波響が写したものと考えられる。
とくに、波響の作品は勢いのある強弱のついた墨線が特徴的である。
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