楷書前赤壁賦扇面
かいしょぜんせきへきふせんめん
概要
扇の形をした画面に、文字が整然と並んでいます。書き写されているのは、中国、北宋を代表する詩人蘇軾(そしょく)による「赤壁賦(せきへきのふ)」の前編の一部です。書いた人物は、江戸時代後期の書家であり漢学者の市河米庵(いちかわべいあん)。米庵は、唐様(からよう)、つまり中国の書を学ぶとともに、中国の書画や硯・墨・筆・紙といった文房具の大コレクターでもありました。
書かれた文字をじっくりと見てみましょう。 紙面が扇型のため、下にいくにつれて1行のスペースが狭くなるのですが、初めから終わりまで乱れることなく、文字の大きさを一定に保っています。ひとつひとつの文字を近くで見ると、じつは墨の色は、1色で印刷されたように真っ黒ではありません。一字の中にももっとも濃いところと薄いところがあり、そのために線に透明感や奥行きがうまれ、立体感がともなっています。また、線の太さにも注目です。ひとつの字の中にも太いところと細いところが整然と同居しています。このように墨の濃淡が自然に表現され、筆の毛の先端に神経を集中して筆全体をコントロールできるのは、おそらく中国から輸入された、筆先が鋭く、細やかな表現ができる筆を厳選して使ったからでしょう。とはいえ、憧れた中国の道具を使うだけでは、これだけの字は書けません。日頃の練習と一貫した持続力、集中力、あるいは精神力が必要だったことでしょう。江戸時代の唐様の書のレベルの高さがよくわかる、緻密で完成度の高い作品です。