玉露童女追悼集 附 木造玉露童女坐像 玉露童女書状
ぎょくろどうにょついとうしゅう つけたり ぎょくろどうにょざぞう ぎょくろどうにょしょじょう
概要
池田定常(松平冠山)の息女、露姫の追悼のために、多くの人々が寄せた句、連句、歌、長歌、漢詩文、画、追悼文、墨跡等が全30巻(うち1巻を失う)に仕立て上げられており、現存する29巻には1636種の作品(うち1点逸亡)が収載されている。定常は因幡国若桜藩の5代藩主で、享和元年(1801)に家督を長子定興に譲って隠居しても国許には戻らず、江戸の屋敷を拠点に文化人として活躍した。多くの文化人と深く親交があり、『浅草寺志』をはじめとする著作も多い。作品を寄せた人物は、他藩の藩主、幕府の老中等といった政治家や役人をはじめとして寺院の住職、学者や歌人、俳人、絵師など、当時の一流の文化人などであり、商人や職人などの作品も多数みられる。また、女性の作品が多いことも特徴で、さらに、幼女の追悼ということからか幼年の作品が散見できる。