東大寺領横江荘遺跡
とうだいじりょうよこえのしょういせき
概要
松任市横江町の水田地帯で鉄工団地の造成中に発見された遺跡で、五間二間の南に廂をもつ最も大きな東西棟の掘立柱建物跡を中心に一群の掘立柱建物跡が検出された。瓦は一片も発見されなかったが、須恵器・黒色土器・火鑚臼等の出土品はほとんど平安初期を中心とするとみてよく、また数多くの墨書土器の中に「三宅」と記している土器底片が発見され、奈良時代の荘園田図の記載例から考えても、この遺構を荘家跡と推定することができよう。しかも当該地の古字名が「横江」であり、正倉院文書その他に平安初期における「横江荘」の名が見えることによって、本遺跡を東大寺領横江荘の荘家跡と推定したわけである。
なお、荘園の遺跡としては本遺跡が最初の指定である。