瓢兮歌
ひょうやのうた
概要
この作品は酒好きの東湖の幽囚中(弘化元年~3年)の作で、斉昭筆の瓢箪図に詩作したもの。藤田東湖は江戸時代後期から幕末期の水戸藩士、学者。水戸藩主徳川斉昭の腹心として藩政改革を推進、「弘道館記」の草案も起草した。直正公は25才の天保9年(1838)2月5日斉昭卿より江戸の水戸藩邸(小石川)に招かれたが、陪席の藤田は深く公に欽慕したという。10月2日の安政大地震の時、小石川藩邸内で圧死。
ひょうやのうた
この作品は酒好きの東湖の幽囚中(弘化元年~3年)の作で、斉昭筆の瓢箪図に詩作したもの。藤田東湖は江戸時代後期から幕末期の水戸藩士、学者。水戸藩主徳川斉昭の腹心として藩政改革を推進、「弘道館記」の草案も起草した。直正公は25才の天保9年(1838)2月5日斉昭卿より江戸の水戸藩邸(小石川)に招かれたが、陪席の藤田は深く公に欽慕したという。10月2日の安政大地震の時、小石川藩邸内で圧死。
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