白衣観音像
びゃくえかんのんぞう
概要
白衣をゆったりと着けて岩上に静坐する観音の像であるが、左下にそれを礼拝する童子がいることから、『華厳経(けごんきょう)』「入法界品」に説かれる善財童子(ぜんざいどうじ)の善知識歴参のうち、補陀落山(ふだらくせん)の金剛宝石の上に結跏趺坐するという観音を表すものとわかる。背後の竹林や瀧も経文に「華果樹林は皆遍満し、泉流地沼は悉く具足す」とあるのに対応し、水墨画に慣用の題材で代表させている。観音の傍に楊柳を挿した水瓶が配され、岩下に水面が広がるなどの点でも、楊柳観音や水月観音と称されるものと図像上親密な関係にあるが、水墨画の流行に伴って、白衣の清澄さに興味をもって描かれ、特に禅林で好まれた。図の上部に七言絶句の賛を記すのは、鎌倉の諸寺や南禅寺に住した約翁徳倹(やくおうとっけん)(1244~1319)であり、彼が宋から帰国した13世紀末から示寂までの間にこの図が描かれたと推定される。日本の初期水墨画の一例であり、とりわけ白衣観音としては最古の遺品といえるが、すでにかなり熟達した水墨技法を用いて、奥深い空間を表現しているのは特筆される。
奈良国立博物館の名宝─一世紀の軌跡. 奈良国立博物館, 1997, pp.319-320, no.178.