鬼剣舞
おにけんばい
概要
岩手県から宮城県にかけて分布する剣舞【けんばい】は東北地方の代表的な民俗芸能の一つであり、なかでも忿怒【ふんぬ】の形相の仮面を掛けて踊る剣舞は、鬼剣舞【おにけんばい】の名称でよく知られている。ほかに阿弥陀堂の作り物を載せた大きな笠をかぶった笠振りが登場する大念仏などいくつかの形態のものがある。これは主として盆に新仏の家や墓、寺などで踊られてきたものであり、念仏歌とともに踊られる亡魂鎮送を目的とした念仏踊の一種である。また踊り手が鬼と形容される異相の態をしたり、極楽浄土を眼前に見せるような作り物が登場するなど独特の形に意匠を凝らした風流【ふりゆう】の芸能である。今回取り上げるのは、岩手県の中・南部に分布する鬼剣舞である。
鬼剣舞は念仏剣舞とも称されるように衆生済度【しゆじようさいど】の念仏思想の影響を受けていることが解かるが、剣舞の語義はそれに限られるものではない。悪霊を踏み鎮める呪法の手として宗教史や芸能史研究において注目されてきた反閇【へんばい】がこれに関係しているのではないかとの説があり、また、芸能の徒が招宴の座敷で盃のやりとりをする時の献盃からきたものとする説もある。この鬼剣舞の由来については菅江真澄の『ひなの一ふし』、『かすむ駒形』に記されていること、また近年発見された岩崎剣舞の「念仏剣舞伝」の年号などから確かな文献資料としては江戸時代十八世紀に行われていたことを示すものしか見出されていないが、各所に伝わる巻物伝書類の記録などにはそれ以上に時代を遡【さかのぼ】るものもある。
踊りの内容は、鶏羽や馬の尻尾で作ったシャグマ状の毛を頭にいただき、忿怒面を掛けたイカモノ八名程度、カッカタ、あるいはサルコなどと称される者等の踊り手が、太鼓、笛、鉦【かね】の囃子方などとともに列をなして踊り場に入場し、楽器の演奏、念仏歌を背に、扇、アヤ竹(金剛杖などと称する所もあり)、刀の採り物を様々に駆使しながら踊る。演目は「一番庭」、「大念仏」などと称す一同全員が踊るもの、「一人イカモノ」、「三人イカモノ」などの少人数で踊るもの、「膳【へき】の舞【まい】」、「宙返り」、「ガニムグリ」などのアクロバティックな演技を見せる余興的なものなど多様である。また伝承地によって曲目、名称、演じ方などにそれぞれ特徴があり、今回代表的なものとして取り上げた四地区の場合、次のような違いがある。川西念仏剣舞の場合、亡魂済度の色合いの濃い演出をとっている。この剣舞は毎年八月二十四日の中尊寺本堂前の施餓鬼に行われており、「大念仏」の演目の終末部でサルコが亡魂を表すイカモノたちを一人一人念仏の功力によって成仏させる演技を見せる。朴ノ木沢剣舞にも「大念仏」の演目があるが、こちらでは讃め歌が歌われるのみである。一方、和賀地方の鬼剣舞にはこの色合いが薄くなっており、こちらの方では余興の曲芸的な演目が盛んである。岩崎剣舞は当地方鬼剣舞の元祖的存在であり、滑田剣舞はこの岩崎剣舞の指導を受けたものであるが、岩崎にはない神楽系の演目をもっている。
鬼剣舞の踊り振りは極めて勇壮で力強い。踊り手はたえず気魄【きはく】をこめて頭部を律動し続け、また手足を様々に動作し続けるが、これは柔軟な腰の動作によって支えられているのである。この手の込んだ巧みな踊り振りは他の同種の風流の念仏踊の追随を許さぬものであり、そのダイナミックな動作の群舞は代表的な民俗芸能の一つとして評価を得ている。
鬼剣舞は芸能の変遷の過程や地域的特色を示す特に重要な民俗芸能である。