宮城郡國分苦竹村全圖(伊沢家文書)
みやぎぐんこくぶにがたけむらぜんず
概要
苦竹村は現在のJR苦竹駅周辺。古くからの村だが、近世の初めに新田開発によって田畑が増え、典型的な近世の村となった。塩釜・松島方面から仙台城下へ向かう街道筋にあたり、村には宿場もあった。この絵図には、田畑や林野などが色分けされて示され、隣の村との境も細かく記されている。また、年貢米を収納する藩の米蔵があり、七北田川を運ばれてきた年貢米を運搬するための堀割も作られていたことがわかる。文政七(1824)年二月。大きさは112×240cm。