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旧ベルリンの壁れんが

きゅうべるりんのれんが

概要

旧ベルリンの壁れんが

きゅうべるりんのれんが

その他 / ヨーロッパ

ドイツ

1961年建設開始、1989年崩壊

259×134×64mm

舞鶴市立赤れんが博物館

1945年のドイツ降伏後、東西に分割されたベルリンでは、東側から西側への人口流出を阻止するため、1961年8月から壁の建設が始まった。初期の壁は、突如として張り巡らされた有刺鉄線やれんが、中空ブロックを積み上げた暫定的なものであった。境界線上に位置するアパートの窓がれんがで塞がれるなど、当初は即興的な遮断が中心であったが、それは年を追うごとに強固な要塞へと変貌を遂げていった。最終的には「境界壁75」と呼ばれる第4世代へと進化し、高さ約3.6メートル、幅1.2メートルのL字型鉄筋コンクリート製プレキャスト板が連なる構造となった。この厳重な監視を潜り抜け、約5,000人が西側への脱出に成功したが、一方で192人(諸説あり)もの命が壁付近で失われた。しかし1989年、ハンガリーの国境開放や「ピクニック事件」によって壁は実質的な機能を失い、同年11月9日、東ドイツ政府による広報上の誤発表が決定打となって壁は崩壊した。この出来事は周辺諸国の民主化を加速させ、チェコスロバキアのビロード革命、冷戦終結の宣言、そして1990年の東西ドイツ統一へとつながった。さらに翌1991年にはバルト3国の独立、そしてソビエト連邦の崩壊を招き、第二次世界大戦後の世界秩序は大きな終焉を迎えたのである。

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