アウシュヴィッツ強制収容所れんが
あうしゅゔぃっつきょうせいしゅうようじょれんが
概要
ナチス・ドイツの強制収容所は、ユダヤ人をはじめ精神障害者・同性愛者・政治犯などを収容するものであり、政治犯を除いては最終的にホロコースト(大量殺害)を目的としていた。最も有名なものが、1940年から1945年にかけてポーランド南部に建設されたアウシュヴィッツ・ビルケナウ強制収容所である。ここは第一から第三までの収容所から成る複合的な施設であった。ナチス・ドイツの人種差別的政策を象徴する施設であり、過酷な労働を強いる一方、それに適さない女性・子供・老人などは殺害された。ピーク時の1943年には収容者は14万人に達した。1945年1月27日にソ連軍が収容所を確保した際、約7500名が残されており、既に約6万人が後方へ移送されていた。その中には『日記』で有名なアンネ・フランクも含まれており、彼女は移送先の収容所でチフスにより死亡した。この収容所での死亡者数は、一時400万人とされていたが、冷戦後に150万人と修正されている。収容所跡は1979年、ユネスコの「負の世界遺産」に登録された。
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