雪汀遊禽図軸
せっていゆうきんずじく
概要
手前には、葉を落とした木々が並びます。枝先は蟹(かに)の爪のようにとがり、枝と幹がねじれ複雑にからみあっています。後ろには、川面(かわも)と白く雪の積もった岸、そして山々が遠くに見えます。水平方向にどこまでも広がっていく背景に枯れ木を組み合わせた荒涼たる空間は、10世紀ころから、精神を研ぎ澄ませるものとして中国の知識人に愛されてきた心象風景のひとつです。
よく見ると、左の枯れ木には二羽の尾長鳥(おながどり)が、右下の葦(あし)の中には数羽の鴨(かも)が描かれていることに気付きます。風景にほとんど色彩が施されない中、鳥たちには明るい青や橙(だいだい)色が点じられており、生命の力と華やぎを感じさせます。また、右上の空間には、首の白い鴉(からす)の群れが見えます。これらは左に向かって徐々に大きくなっていて、目で追っていくと、右の枯れ木の上で身を寄せ合う数羽の鴉(からす)に行き着きます。茫漠(ぼうばく)とした空間に明確な遠近感を生み出そうとする、画家の細かな計算が感じられるモチーフです。
左隅に捺(お)される印は、14世紀、元時代前期に活躍した文人画家、羅稚川(らちせん)のもの。その名は中国の絵画史書にはあまり出てきませんが、室町時代の絵画鑑賞の指南書(しなんしょ)であった『君台観左右帳記(くんだいかんそうちょうき)』に載っていることから、日本では早くから著名な画家であったことがわかっています。