失題 A
概要
幽霊のように、両手を前に垂らして立つ若い女性。きわめて簡略化された画面構成は、かえって見る者の胸を強く打つ。見れば見るほどに、何やら寂しげな雰囲気にとらわれてしまい、これは、ただ事ではないと考えさせられる。
藤森と恩地孝四郎、それに田中恭吉の若い画学生3人が、雑誌『月映』を創刊したのは、大正3年のことであった。自作の木版画を持ち寄って編集したこの小冊子は、書店の店頭に並べられたが、ほとんど売れず、結局、大正4年11月発行の第7号をもって終刊となる。題名が分らなくなったこの少女の版画も、『月映』に挿入された1点である。恩地は、告別式と名づけた最終号に、「今は別れ去るとも何れの日にか又逢はないということがあり得ようか、その日には互いより成長している。此の別離を欣びて以て、来る日の期待を以て別れやふ」と多感な気持ちを美しくうたった。(中谷伸生)