大浦絵図
おおうらえず
概要
宇和島藩が、宇和島城下のすぐ北に位置する大浦(愛媛県宇和島市)を測量して作製した絵図。□印がある場所は、今回新しく測量して加えた部分で、古い絵図とは合わないことが右下の余白に記されている。宇和島藩では、同じ村を何度も測量して絵図の改訂をおこなっていたことがうかがえる。村の中央部、北から南に流れて海に注いでいるのが広見川。その河口部は江戸時代を通じて新田開発が繰り返された。宇和島藩の「御年譜微考」には、承応3(1654)年に大坂屋仁左衛門が大浦に新田築造を始めた記事があるが、その後も新田開発が進み、海際には干拓の際に水位を一定に保つためにつくられた調整池が描かれている。広見川に沿って朱色の道が見えるが、この道は黒の瀬峠を越えて、吉田陣屋町までを結んでいた。