風蕭々兮易水寒
かぜしょうしょうとしてえきすいさむし
概要
明治期の近代日本画草創期から戦前戦後を通じて日本美術界を牽引(けんいん)した画家横山大観の作品である。大観はその生涯を通して多くの名作を残したが,本作は,昭和30年(1955),大観87歳の作品である。
本作の画題「風蕭々兮易水寒」は,司馬遷(しばせん)の『史記(しき)』中の詩による。中国の戦国時代,燕(えん)の太子丹(たん)から秦(しん)王(のちの始皇帝)暗殺の密命を受けた荊軻(けいか)が,国境の川易水(えきすい)のほとりで,見送りの人々と別れる際に,死を覚悟して詩を詠んだ。その詩「風蕭々兮易水寒(かぜしょうしょうとしてえきすいさむし) 壮士一去不復環(そうしひとたびさりてまたかえらず)」の一節をとる。
本作は,易水のほとりにたたずみ川向こうを見つめる一匹の犬と,独特な枝ぶりの柳を配し,その向こうにもやの立ち込める易水の川面(かわも)を描く。胸を張り,足を踏ん張って立つ犬は,大観が所有した青銅製の犬の置物をモデルとしたのではないかと言われる。独特の水墨技法が駆使された作品で,犬の眼には金泥が施され,画面右下には「大観」の落款と白文方印(はくぶんほういん)が据えられている。全体に寂寥(せきりょう)感が濃く,最晩年の大観の境地が反映されたものと思われる。
本作と同様の図様のものが他に数点確認されるが,本作は中でも優れた出来栄えのものであり,昭和30年の再興第40回日本美術院展覧会に出品されている。大観は亡くなる前年まで制作を続けたが,本作は結果として最後の院展出品作品となった。
本作は,大観の代表作の一つで,大観の事績をたどる上で欠かせない作品であり,学術的価値は高い。
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