平久保安良のハスノハギリ群落
ひらくぼやすらのはすのはぎりぐんらく
概要
指定対象は亜熱帯〜熱帯の海岸に発達するハスノハギリ(Hernandia nymphaeifolia)を中心とした海岸林と海浜植生である。対象地域は日本で最大級の面積で残されたハスノハギリ群落である。
ハスノハギリはアフリカ東部、アジア、ポリネシアなどの熱帯・亜熱帯域に広く分布するハスノハギリ科の常緑高木で、樹高20メートル、胸高直径2メートルにも達する。葉は径が10〜30センチメートルとなり、葉柄が盾状につき、ハスの葉に似ることが和名の由来である。果実は径3〜4センチメートルの淡緑色の壺状卵形の総包葉に包まれた特徴的なもので、海流によって散布される。日本では沖永良部島以南の南西諸島と小笠原諸島に自生し、日本の亜熱帯域を代表する海岸林を形成する。ハスノハギリの材は軽く、石垣島では旧盆行事アンガマの面に、果実は油脂成分やアルカロイドを含み、灯用や下剤等の薬用にも利用されてきた。
ハスノハギリ群落は、亜熱帯〜熱帯の海岸砂丘の背後で、台風時の高波や河川の出水で地表が不定期的に冠水する平坦地に成立する。ハスノハギリの種子は水に浮き、潮に流されて散布される。海水の塩分濃度にも耐えることから、海水等が冠水する限定された環境に成立する。このような立地としては、亜熱帯地域にあってサンゴ礁が発達し、砕けた砂が堆積して砂丘地となり、その背後で河川水が流れ込む平坦地が典型的な立地となる。
対象地域は石垣島の北に延びた平久保半島の東海岸中北部に位置する。東海岸には小河川が数本流れ、最大のものが安良川(ヤッサカーラ)である。この安良川両岸から南にあるヤッサマカーラ(小安良川)北側の安良村跡の御嶽までが対象地域である。ハスノハギリ群落の維持には不定期に冠水する環境が不可欠であることから、陸側の海岸林・海岸約16ヘクタールと、海岸から海域約132ヘクタールを含んだ約148ヘクタールを対象地とした。
対象地の安良川の河口両岸はほぼ平坦で、標高7メートル未満のところにはハスノハギリ群落が発達し、大面積を占めている。わずかに標高が上がり、斜面につながる地域では、ガジュマルやビロウ、タブノキ、アカギ等が優占するツゲモドキ-クスノハガシワ群落となる。海から少し離れた河口部近くが特に発達し、高さ14メートル、胸高直径1メートルを超える個体が生育する。河口右岸側のハスノハギリ群落は南に向かって御嶽付近まで分布する。海岸砂丘は規模が小さいものの砂丘植生が発達している。海側から無植生、ハマアズキ-グンバイヒルガオ群集、モンパノキ-クサトベラ群集、アダン群集と砂丘の帯状分布が明瞭であり、その中にツキイゲ群集が点在する。このように海岸林と海浜植生が良好に残された地域となっている。
対象地が所在する石垣島北東部には明治期に廃村となった安良村が存在していた。安良村は18世紀半ばに村建となり、明和の大津波で壊滅的な被害を受けたが、移民や村の移動を経ながらも存続してきた。明治以前の石垣島北部の大半は牧場として利用され、対象地域周辺も安良村集落や御嶽とともに牧場として利用されていた。安良村廃村以降も周辺地域は共同牧場として利用されてきたが、現在は牧場も閉鎖されている。安良村跡に建立されている御嶽は廃村後も現在まで信仰されており、御嶽と御嶽周辺の海岸林が石垣市の文化財に指定されている。
ハスノハギリ群落は海岸砂丘の背後に成立し、日本の亜熱帯域を代表する海岸林である。周辺地域は集落や牧場として利用されてきたものの、対象地は日本最大級の海岸林が残されてきたものとして学術的に貴重である。よって天然記念物に指定し、保護を図るものである。_