屠殺場
とさつじょう
概要
前景には、断ち切られた巨大な肉塊。倒れた二頭は不自然な仰向けの姿勢で横たわり、いずれ同じ運命をたどることを暗示します。逃げ場のない空間の中で、大きく首を振り、狂乱の態で跳ね上がる白い馬。激しい動きを示す躍動的な線描からは、馬の鋭いいななきさえ聞こえてくるようです。
作者の井上長三郎(1906―1995)は、神戸市出身。少年時代を大連で過ごし、大正末期に上京。社会や人間を鋭く見つめ、写実表現に立脚して描き出した作品で知られています。この作品が描かれた1936年には、2.26事件が勃発。社会は一気に不安な様相を呈しました。直後の展覧会に出品された本作は、タイトルを「作品」に変えること、撮影・印刷を禁止することを条件に、ようやく発表が許可されます。不穏な社会の空気を絵画化した意欲作は、自由な表現の抑圧がすでに始まっていたことをも顕にしたのです。