自画像
概要
画家自身の像とされているこの肖像画は、ただひたすら男の顔を集中してとらえられている。ところがその特徴を一つ一つ克明に描き出そうとしているわけではない。
その顔にぐっと近付いて見るとき、我々が見いだすのはただ激しい筆致による生々しい色彩の積み重ねである。赤と緑がとりわけ目をとらえるが、それ以外にもよく見れば、青や黄など鮮やかな色彩の点が散りばめられている。
顔のまわりを包み込んでいるのは青木独特のうねるような筆の走りである。とりわけ右下を走る燃え立つような真紅の筆のあとは、いまだ形をなしていないが、あるいは男の手を形づくろうとするものではないかと窺わせる。
一方今度は個々の筆触が区別できなくなるほど離れた距離から見る。と、こうしたすべての要素が、意外なほど個性的な男の顔貌、そして自然な光と影の対比となって集約されていることに驚かされる。この明暗の対比はあまりにも鮮やかであるがゆえに、右上力をきっと見すえる、ただならぬものを秘めた男のまなざしと相まって、自然な光と影の表現を超えて、さらに何か劇的な要素を暗示しているようでもある。(土田真紀)