釣
概要
138 坂田一男(1889−1956) 釣 1955年
岡山市生まれ。1914年上京し本郷絵画研究所、川端画学校で絵画を学ぶ。21年渡仏、23年フェルナン・レジェの研究所に学び、キュビスムへの関心を深める。滞仏中はサロン・デ・テュイルリー、サロン・デ・ザンデパンダンへ出品。33年帰国すると画壇から離れ地元の倉敷市で制作を続けた。戦後は岡山の前衛美術グループ「A.G.O.」を結成し主宰した。
1930−40年代と、食器、本、机などの複数の対象、あるいは複数の色面を複雑に構成するキュビスム的造形の延長線上にある作品を制作していた坂田だが、50年代に入ると徐々に独自のスタイルを作り上げていく。その大きな特徴は、この《釣》で描かれるのが中央の釣師の形態のみというように、モチーフが単独になっていく点である。そしてモチーフの単一化と同様、造形要素もまたほぼ線描のみに絞られていく。モチーフと造形要素を極限までそぎ落としながら、坂田はレジェを通じて学んだ、キュビスムの知的な対象分析、そしてその結果として抽出される対象の本質を追い求め続けた。