アイヌ風俗12カ月屏風1双(うち7月~12月は平沢屏山筆,1月~6月は宮原柳僊模写)
あいぬふうぞく12かげつびょうぶいっそう うち7がつから12がつはひらさわびょうざんひつ,1から6がつはみやはらりゅうせんもしゃ
概要
アイヌ風俗12カ月屏風1双(うち7月~12月は平沢屏山筆,1月~6月は宮原柳僊模写)
あいぬふうぞく12かげつびょうぶいっそう うち7がつから12がつはひらさわびょうざんひつ,1から6がつはみやはらりゅうせんもしゃ
7月~12月:平沢屏山,1月~6月:宮原柳僊(模写) (平沢屏山:1822年~1876年)
ひらさわびょうざん,みやはらりゅうせん
北海道函館市
明治時代
紙本彩色,六曲一双
2面縦139㎝×横51.5㎝,4面縦139㎝×横52.5㎝
1双
北海道函館市青柳町17番1号 市立函館博物館
指定:昭和37年11月3日
函館市
函館市指定有形文化財
平沢屏山(1822~1876)は奥州稗貫群大迫村(岩手県稗貫郡花巻市大迫町)に生まれる。父親四郎兵衛は番屋を務め,屏山の生家は裕福な家庭であった。弘化年間(1844~47)に函館に移住し,当初絵馬を描いて生計を立て,絵馬屋と呼ばれていた。後に屏山は福島屋杉浦嘉七と知り合い,その請負場所の幌泉や十勝に滞在し,アイヌと生活を共にしながらその風俗や生活用具を写生した。屏山のアイヌ絵は観察が鋭く,精確で記録性が高いことから民族的,歴史的な資料として評価されている。また屏山は定型の構図を繰り返し描きながら,次第にこの定型を再構成あるいは淘汰し,絵画としても質の高さを追求していくようである。
この作品は,アイヌの狩猟や祭祀など12の場面を月次(つきなみ)絵の形でまとめたものである。六曲一双の屏風で,7月から12月までが屏山自筆で,1月から6月までは宮原柳僊の模写によるものである。
「壬申秋日屏山」という墨書のある大英博物館所蔵の粉本などにより,明治5年(1872)から屏山が没する明治9年の間に制作されたと考えられ,まさにアイヌ絵師・平沢屏山が晩年に描いた集大成的な作品である。
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