兜率天曼荼羅図
とそつてんまんだらず
概要
仏教の世界にはいろいろな仏や菩薩が存在し、それぞれに住む世界があります。そのひとつが兜率天(とそつてん)。ここに住むのは、釈迦が亡くなってから56億7千万年ののち、この世に現れて仏となり、人びとを苦しみから救うと言われている弥勒菩薩(みろくぼさつ)です。この世に現れるまでは、弥勒菩薩は兜率天で仏の教えを説く説法をしているといわれるため、人びとは死んだあと兜率天に生まれ変わり、弥勒菩薩の教えを直接聞くことで救われようとする信仰が生まれました。そして曼荼羅(まんだら)とは、仏教の世界観を表すもの。今回ご紹介する兜率天曼荼羅図は弥勒菩薩が説法をしている兜率天の世界を描いたものです。
画面中央に座っているのが弥勒菩薩です。ちょうど説法を行っているのでしょう。周りには教えを聞こうと天女(てんにょ)や菩薩たちが集まっています。宮殿の前には船を浮かべられるほどの池、宮殿の奥には雲に浮かんだ小さな楼閣があります。天上には弥勒菩薩を讃えるように楽器を打ち鳴らす天女がいます。弥勒菩薩の住む世界が繊細に描かれています。
兜率天曼荼羅図は現存作例が少なく、斜め上から見下ろしたような構図と、本図のように真正面から見た構図の大きく2系統があります。そのなかでも正面からのものは左右対称性をもち、中国・敦煌(とんこう)壁画の阿弥陀浄土図など中国の浄土図、つまり仏や菩薩が住む清らかな国土を描いたものに倣ったといえます。中世の弥勒信仰を伝える作品です。
実はこの絵、元々は広島県福山市にある明王院の五重塔内に安置されている、大日如来像の後ろの壁に描かれたものでした。五重塔の創建は1348年と伝えられ、この作品もその時に製作されたと考えられます。製作年代がはっきりとわかるという意味でも貴重な作品です。