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金銅装眉庇付冑

こんどうそうまびさしつきかぶと

概要

金銅装眉庇付冑

こんどうそうまびさしつきかぶと

考古資料 / 古墳 / 福井県

出土地:福井県永平寺町 二本松山古墳出土

古墳時代・5世紀

鉄製

高19 幅22 奥行25 鉢径15~20

1個

野球帽のような庇(ひさし)のついた鉄製の冑(かぶと)です。
小札(こざね)という小さな鉄板を鋲でつないで作られています。
頭のてっぺんには伏鉢(ふせばち)、管、受鉢とよばれる飾りがついており、金メッキが施されています。
鋲も、金メッキも5世紀後半に朝鮮半島から伝来した当時最新の技術です。
庇には三角形の透かし模様もあり、実戦用というよりは権威の象徴といった意味合いの強い冑のようです。
同じような形式の冑が日本列島で大量に見つかっていることから、この冑は日本でつくられたものと考えられています。
当時、すでに近畿地方で大きな権力をもっていたヤマト王権が、権力のしるしとして地方の豪族たちに分け与えたものかもしれません。
ところで、この冑は福井県の二本松山古墳から出土したものです。
石棺の中で見つかったので、このようにとてもよい状態で伝わっており、古墳時代の冑の中でももっとも華麗な一品といえるでしょう。
この古墳からは、この冑とセットになる短甲(たんこう)が見つかっています。
ほかにも、朝鮮半島の出土遺物によく似た金銅製の冠が2件発掘されています。
これらは、北陸地方と朝鮮半島との結びつきを示すもので、古墳の主はヤマト王権にも一目置かれるような力をもった豪族だったのかもしれません。

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