塩山蒔絵硯箱
しおのやままきえすずりばこ
概要
筆記に用いる硯や筆などの道具を納めるための箱が「硯箱」です。こうした箱は、日本では10世紀ころより作られ始めたと考えられています。硯箱の多くは木製で、表面に漆を塗ったり、金粉で文様を表す「蒔絵」や、文様の形に切った貝を貼り付ける「螺鈿」で装飾した作品も登場しました。しだいに内容品の種類は整理されるとともに、箱の内外や内容品のデザインの統一が図られ、コンパクトにまとまった硯箱が作られるようになりました。やがて硯箱は、文房具では必須のアイテムとなり、貴族、僧侶、武家など文字を使う有力者の間では、洗練されたデザインと高度な装飾技法を用いた硯箱が好まれました。
では作品を見てみましょう。全体は木製で、表面に漆を塗り、蒔絵でデザインをあらわしています。硯の上には、銅製の水滴(すいてき)があります。水滴は、硯で墨をするさいに使う水を入れておく容器です。硯の左右には、取り外しの出来る底の浅い容器が2つ配置されています。もとはこの中に、筆や小刀(こがたな)などが置かれていたのでしょう。蓋表は、下半に州浜(すはま)と岩をあらわし、右方には松を配しています。上方には千鳥(ちどり)が群れ飛び、州浜や岩にも遊んでいます。蓋裏と内面も同じデザインで統一されています。蒔絵は部分に応じて、金粉を高く低く蒔き、また金銀の小さな箔や、銀の板を貼るなど、多彩な技法が駆使されています。蒔絵の技法がほぼ出そろい、またコンパクトで洗練された硯箱が多く制作された15世紀の作品と考えられています。
岩には「君」(きみ)「賀」(が)の2文字が見えます。これは10世紀初期に編纂された『古今和歌集』に掲載される和歌「しおのやま さしでの磯に住む千鳥 君が御代をば八千代とぞなく」から2文字をとったものです。蒔絵のデザインは、古くから名所として和歌によまれてきた、山梨県の「塩ノ山」の情景を表しています。このように、物語や和歌などの古典文学を題材にとり、また文字自体をデザインの一部として取り込む手法は、日本美術によくみられる特色です。