ほほづゑの人
概要
一九二六年の第四回春陽会展に出品された油彩「ほほづゑの人」のための準備素描であり、ほぼこの通りの人物画油彩に移し変えられている。
しかし、背景に装飾的に処理された様々のモチーフが加わり、さらに女の表情と髷とがユーモラスな気分を醸し出している油彩に対し、そういった要素が一切省かれているだけ、素描では、かえって萬独自の人体表現がきわだって見える。
ここで人体は太い輪郭線のみで表現されている。一般にこうした輪郭線の強調は画面を平面的に見せる効果をもたらす。ところがこの素描では、人体に陰影による丸みがほとんど与えられていないにもかかわらず、線はあるボリュームを確かに髣髴とさせる。
それは恐らく、人体を各部分ごとに単純化された小さな塊の集積と捉らえ、線を幾重にも重ねていくことによって、まさに一つのボリュームとしての人体の輪郭を丹念に掘り起こしているからである。こうした造形の骨格のみを捉えた素描を経て、様々な要素が加わった油彩へとすすむやり方は、萬の造形がきわめて明快な方法論に基づいていたことを示している。(土田真紀)