白地紅斑掛雲投桐模様摺箔
しろじべにまだらがけくもなげぎりもようすりはく
概要
加賀藩主前田家に伝来した能装束の一領である。紗綾形に蘭と菊を散した白綸子地に紅で雲形を染め表す。紅雲には金箔で立涌模様を、白地には銀箔で投げ桐模様を摺り表す。附属の畳紙には「嘉永五年十月 従壽正院様被上 御摺箔 御地合りんず 紅村掛之内金ニ而立涌 白地之外銀ニ而なけ桐」と墨書がある。
壽正院様とは、12代藩主・前田斉泰の異母妹勇姫で、支藩である大聖寺藩10代藩主・前田利極の正室となった。当時は斉泰の三男・利義が12代大聖寺藩主となっていた。壽正院はこの嘉永5年(1852)、国許への湯治を名目に江戸を発ち、9月28日に金沢城に到着して二の丸御殿に滞在、11月22日に大聖寺に向けて出発した。この間の10月8日、斉泰は金沢城二の丸御殿で能を催し、壽正院も招いて、自らも演能した。おそらくこの際に兄・斉泰に進上されたものであろう。