東霧島神社文書
つまきりしまじんじゃ
概要
東霧島神社文書
つまきりしまじんじゃ
室町中期~桃山/1409~1594
応永16年(1409)の「島津久豊願文」、文正2年(1467)「島津立久寄進状」、延徳4年(1492)「島津忠昌朱印状断簡」、天正16年(1588)「光明院宛島津義弘願文」2点、年未詳「島津義弘書状」(折紙)の計6点は巻子仕立。文禄2年(1593)「中山王宛島津義久書状写」、万暦22年(1594年 中国明の暦)「島津義久宛中山王書状写」の2通。
① 島津久豊願文 (縦28.4×横42.6㎝)② 島津立久寄進状 (縦28.2×横39.2㎝)③ 島津忠昌朱印状断簡(縦27.3×横30.6㎝)④ 島津義弘願文(縦32.1×横49.9㎝)⑤ 島津義弘願文(縦31.8×横44.5㎝)⑥ 島津義弘書状(折紙)(縦32.4×横49.5㎝)⑦ 中山王宛島津義久書状写(縦32.6×59.7㎝)⑧ 島津義久宛中山王書状写(縦32.6×横42.7㎝)
1巻、2通
都城市指定
指定年月日:19820222
有形文化財(美術工芸品)
東霧島神社は中世期まで「霧島神社」の名で崇敬され、さらに代々の島津宗家の信仰が篤く、神仏習合の奉祀もあいまって「東霧島大権現宮」に改められた後、近世末期までこの称号が続いた。
本文書は、東霧島神社に伝わったもので、小箱に保存されている。