雁図
概要
「雁図」は一八一五年(文化十二年)、増山雪斎六十一歳の年に描かれた。四年後に亡くなるから、雪斎にとっては最晩年の作品のひとつということになる。
増山雪斎は、伊勢地方北部の長島藩の藩主である。彼は為政者であると同時に絵画・茶・漢詩などを嗜み、風雅の人としてもその存在が知られていた。一八〇一年(享和元年)には家督を嗣子に譲って、以後江戸で自適の生活を送った。
雪斎は、画家としては一般に、南蘋派の系統に属する花鳥画の画家として知られる。この作品もやはりその系統に属するが、染料系統を主にした柔らかな色調と筆致がこの作品に雪斎らしいあたたかい雰囲気を与えている。
雪斎には、「虫チ帖」という写生帖がある。実物写生の伝統は、狩野探幽の縮図も佐竹曙山の写生帖をはじめ、江戸時代を通して少なからずある。花鳥画の場合、江戸時代では手本をそのまま模写する伝統があり、写生という行為がそのまま作品に生かされるケースは必ずしも多くない。
しかし、ここに描かれた雁の生き生きとした生態描写はその底に確かな実物写生の存在を感じさせる。(山口泰弘)