寂蓮無題百首
じゃくれんむだいひゃくしゅ
概要
本書は、平安時代末期から鎌倉時代初期にかけての著名な歌人寂蓮(?-一二〇二)が詠んだ百首和歌である。
寂蓮は、藤原俊成の兄弟である醍醐寺僧阿闍梨俊海の子で、俗名藤原定長、俊成の猶子となり、従五位下中務少輔に昇る。承安二年(一一七二)ころ出家し、後鳥羽院に重用され、和歌所寄人、『新古今和歌集』の撰者となるが、撰進前に没した。『千載【せんざい】和歌集』『新古今和歌集』などに計一一七首入集している。
本文の構成は、部立も歌題もないが、春、夏、秋、冬、恋、雑の部の計百首からなり、堀河院百首の歌題に拠って詠まれている。本帖の体裁は、綴葉装大和綴の冊子本で、共紙原表紙の外題には俊成の筆で「少輔入道か百首」とあり、その左下に別筆で「寂蓮」と書かれている。本文は首尾完存し、半葉およそ九行前後、和歌は一首三行に仮名書にて書写される。文中、計六首には墨拘点が施されている。本文の筆跡は、寂蓮あるいは俊成女の坊門局【ぼうもんのつぼね】と伝えているが、書風等よりみていずれの筆跡とも認められず、鎌倉時代初期の書写になるものと考えられる。一部には、後世の修理時と思われる乱丁もみられる。
本帖は鎌倉時代に遡る孤本である。従来、広島大学福井文庫蔵の福井久蔵氏書写本などにより本文が知られるのみであった。
なお、本帖の附属品である扇面蒔絵箱【せんめんまきえばこ】は、江戸時代中期の加賀蒔絵の優品で、『前田家御道具帖』にもその記載があり、伝来を示す史料としても重要と認められる。