文化遺産オンライン

世界遺産と無形文化遺産

石見銀山街道温泉津・沖泊道

いわみぎんざんかいどうゆのつ・おきどまりどう

主情報

記載物件名
石見銀山街道温泉津・沖泊道

解説

 石見銀山街道温泉津・沖泊道は、温泉津や沖泊が石見銀山支配の拠点又は外港と位置づけられた16世紀の後半に、銀の搬出と諸物資の搬入のために利用された街道である。途中の西田の集落を中継地として、鉱山と温泉津や沖泊を繋ぐ道として整備された。  石見銀山街道温泉津・沖泊道は全長約12㎞あり、幅は場所により広狭はあるが0.8~3.3mである。人や牛馬の頻繁な通行を想定した道の整備が行われている。  街道は、銀山側の坂根口(標高220m)を起点として、急な登り坂をたどって坂の峠(標高420m)を越えた跡、西方の西田の集落(標高100m付近)まで一気に下り、清水の集落(標高140m)から松山を通過して、途中で2本に分かれて温泉津と沖泊へと到達する。さらに、温泉津と沖泊は、尾根を越えて一つの道で繋がっている。  石見銀山街道鞆ヶ浦道と比較すると、この道は険阻で長途な降路坂付近を除いて比較的なだらかな起伏となっている。途中には石段・側溝のほか、この整備に付随して石材が切り出された石切場の跡が良好に遺存する。また、沿道には、往来する人や当地域に暮らす人々が通行の安全祈願のために立てた石塔・石仏をはじめ、道標などの石造物が点在する。中継地としてにぎわった西田の集落には、町の防火や市の繁盛を祈って勧請された小祠がある。また、清水の集落には名水が湧き出る「清水の金柄杓」があり、銀山を往来する人々の喉を潤した。この名水の名称は銀山の代官がここに金属製の柄杓を奉納したという地元の伝承に由来し、現在でも毎年8月に集落住民により水神祭が執り行われている。