〔大野文泉履歴肖像〕
おおのぶんせんりれきしょうぞう
概要
谷文晁が描いた大野文泉の肖像と、中田粲堂(なかたさんどう・妻は文晁の妹)が文泉の人物評を記した刷物。
寛政11年~12年(1799~1800)、『集古十種』編纂のための西国調査に際して作られたものと考えられる。大野文泉(おおのぶんせん)は、文化8年(1811)にも対馬での朝鮮通信使対応のため、幕府大学頭の林述斎(はやしじゅっさい)らに随行し、対馬へ向かう途中に神辺を訪れている。この年、巨野泉祐(おおのせんゆう)に改名している。
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