仮名手本忠臣蔵七段目謀酔の段
かなでほんちゅうしんぐらしちだんめぼうすいのだん
概要
歌舞伎が上演された芝居小屋の内部空間は、「浮絵」の主題として多く描かれました。その視座は枡席最後列中央におかれて、内部全体を見渡す構図となります。線遠近法の消失点付近、最遠景部の画面中心辺りには、役者たちが演じている舞台風景が描かれていますが、その周囲には、舞台の三方を囲むように立体的に配置された客席が中・前景部を占めることになります。線遠近法を大胆に用いることで、舞台と観客が一体となって作られる劇場空間を、画面中央に向かって凹んでいくかのような奥行き感とともに表出しています。
「浮絵」は肉筆画としても多く描かれました。本図の筆者と比定される鳥居清忠は、初期浮絵(うきえ)の中心的絵師です。版画の浮絵作品としては、ボストン美術館の「新吉原大門口」や大英博物館の「新吉原仲ノ町大文字屋座敷」が知られています。鳥居派の絵師たちは、芝居小屋の正面に飾られる看板絵を手がけていたので、このような浮絵を描くために必要な芝居小屋内部の構造や上演時の雰囲気にも通じていたはずです。
本図に描かれているのは、1749年江戸の市村座で演じられた「仮名手本忠臣蔵」の七段目の場面と推定されています。現代の日本人にももっとも親しまれている「忠臣蔵」の上演としては最初期のもので、その絵画史料としても本図は貴重です。ただし、主役の大星由良之助以下、舞台上の役者たちの演技は、この線遠近法の空間では最遠景部になってしまうので、その手前の枡席で観劇そっちのけで気ままに振る舞う観客たちの様子が、大きく、入念に描かれることになります。さらに、この芝居小屋の喧騒に嫌気が差したのか、この絵の中から手前に脱出しようとする男性が右前景に描かれ、「だまし絵」的な手法で浮絵としての虚構空間に生き生きとした現実味を加えています。
【江戸の絵画】