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絵葉書「雨晴より岩崎鼻を望む」

えはがき「あまはらしよりいわさきはなをのぞむ」

概要

絵葉書「雨晴より岩崎鼻を望む」

えはがき「あまはらしよりいわさきはなをのぞむ」

歴史資料/書跡・典籍/古文書 / 昭和以降 / 富山県

富山県高岡市

昭和31年以降/1956年以降

紙・葉書・カラー印刷

縦8.8cm×横14.2cm

1葉

富山県高岡市古城1-5

資料番号 1-05-21

高岡市蔵(高岡市立博物館保管)

高岡市の雨晴海岸から見える岩崎鼻灯台を撮影した写真絵葉書である。未使用。
裏面は、穏やかな雨晴海岸を背に現JR氷見線の車両(昭和31年配置)が1両走っている様子を写真におさめたもので、線路の向こう側にそびえる切り立った崖の上に、よく見ると白い岩崎鼻灯台が建っているのがわかる。
表面は青緑色で印刷されており、上部に左書きで「郵便はがき」、左側に「POST CARD」とある。そして通信欄が全体の1/2という形式のため、本資料が発行された年代は昭和21年(1946)以降であることがわかる。更に、岩崎鼻灯台の設置が昭和26年(1951)であること、現JP氷見線の車両が昭和31年に配置されたものであることから、それ以降に発行されたものと考えられる。また画質は高く、大正期以降登場したオフセット印刷特有の網点が見られず、コロタイプ印刷の可能性がある。


【雨晴・島尾海岸(あまはらし・しまおかいがん)】
 高岡市岩崎付近から氷見市島尾に至る富山湾の白砂青松の海岸。能登半島国定公園内にある。弧状を描いて延び,遠浅で波も静かなため絶好の海水浴場となっている。雨晴の名は,源義経一行が奥州落ちの途中,にわか雨に遭い岩の下で雨が晴れるのを待ったという故事による。雨晴(義経)岩や男岩・女岩などがある。『万葉集』に詠(よ)まれた渋谿(しぶたに)・有磯海などの地でもある。島尾海岸は砂浜地帯で,『万葉集』に詠まれた〈松田江の長浜〉のこと。松原は今も国有林の飛砂防止林に指定され貴重な環境資源となっている。砂丘の中に設けられた島尾遊園地はJR氷見線島尾駅の近くにある。渚(なぎさ)は眺望がひらけ,浜茶屋・休憩所・民宿などが並ぶ。西南は広い水田地帯が展開し,その果てに尾崎山という小丘陵が連なる。⇔松田江浜,義経伝説〈大嶋 充〉
HP『電子版 富山大百科事典』(2017年5月28日アクセス)

【氷見線(ひみせん)】
 高岡-氷見間16.5kmを結ぶJR西日本のローカル鉄道路線。最初は中越鉄道が営業していたもので,まず高岡-伏木間が1900年(明治33)12月に開業,12年9月に全通する。20年(大正9)9月には全線が国鉄に買収された。沿線には,大正末期から形成された伏木港岸工業地帯のほか,義経伝説が残る雨晴海岸や島尾海水浴場などの観光地がある。高岡駅から乗車すると,住宅地・工場群・海岸線と車窓の変化が楽しめる。自家用車の普及や貨物のトラック輸送への転換のため,旅客・貨物とも輸送量が減少している。1日上下各25本の列車が運行される(1993)。1日平均乗車人数は6037人(1991年度)。⇔雨晴・島尾海岸〈宮内久光〉
 2012年9月全線開通100周年記念イベントが高岡・伏木・雨晴・氷見の各駅や一部沿線で行われた。1日当たりの運行列車は上り19本・下り18本(2012)。1日平均乗車人数は3030人(2011年度)。
HP『電子版 富山大百科事典』(2017年5月28日アクセス)

※参考資料
・『角川 日本地名大辞典16 富山県』(角川書店、1979年)75頁
・HP「絵葉書資料館」(2017年5月28日アクセス)
・HP「伏木富山港」(2017年5月31日アクセス)
・HP「たかおか生涯学習ひろば」(2017年5月28日アクセス)
・HP「日本の灯台」(2017年5月28日アクセス)
・HP「the World of HRSH2 原島広至の世界」(2017年6月2日アクセス)

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キーワード

雨晴 / 義経 / 伏木 / 海岸

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