乙(ふくれ)
おと(ふくれ)
概要
「乙」の類型面の「ふくれ」であるが、「乙」よりも年嵩の女性を表現しているため、〈庵の梅〉〈比丘貞〉の老尼にも用いられる。この面には一見、華やかさより静かさが感じられるが、口元や目元にはもの問いたげな風情も見られる。裏は、丸刀の目を全体に真横に残して仕上げ、黒褐色の漆を施す。鼻穴と鼻穴の間には、作者が暗に自作を示す「知ラセ鉋」と思われる刻線が一筋見られる。また「乙 市寿」と墨書のある貼札がある。面当てには、小さく「庵」の墨書がある。
狂言面箪笥入りの十面のうちのひとつ。一連の狂言面は摂津国伊丹の銘酒「白雪」で知られる江戸時代以来の大造酒家・小西新右衛門の旧蔵品であり、大阪美術倶楽部において昭和8年(1933)1月24日に行われた「某家所蔵品入札」の売立目録に掲載される。小西新右衛門は平瀬露香とともに、近代能楽の発展に貢献した後援者でもあり、演者としても知られている。