黒漆大般若経厨子
こくしつだいはんにゃきょうずし
概要
黒漆大般若経厨子
こくしつだいはんにゃきょうずし
奈良県
鎌倉
木造黒漆塗。頂部に宝珠を戴く屋蓋【おくがい】・軸部・基部からなり、軸部正面に両開きの扉を設け扉内面に八躰の天部形を彩絵した厨子である。
屋蓋は八角形で、内面を大きく刳り、宝珠(後補)を据え、軒裏に八葉の花弁とその間からのぞく三鈷杵【さんこしよ】を浅く彫り表し、軒下に一六葉複弁の蓮弁を作り出す。軸部は円筒形で、両面扉の上下それぞれ二か所ずつに金銅製羯磨【かつま】形蝶番【ちようつがい】(後補)を打ち、両扉合わせ目中央に金銅製輪宝形鎖子【さす】の座金物(右半後補)を打ち、合わせ目上部に籠字【かごじ】で「大般若経/初百内/二百内/三百内」と記した金銅製題簽【だいせん】(後補)を付す。軸部内面の奥壁中央左右に蓮華座・円相を彩絵して円相内に種子「バク」「キリーク」を墨書し、奥壁中央の上下三か所に鉄製黒漆塗鐶金物【かんかなもの】を打つ。軸部天井には宝相華や蓮華を彩絵した八花形天蓋をはめている。扉内面はそれぞれ、各種顔料や金截金【きんきりがね】、金銀箔で計八躰の天部形を表し、周縁に箔押【はくおし】・墨描の独鈷杵【とつこしよ】文を廻らせている。軸部底には、上面四か所にほぞ孔を穿った一六葉蓮華座形円盤を据えている。基部は八角形で、仰蓮【ぎようれん】・反花【かえりばな】を重ねた二重蓮華座上に円形の一六葉蓮華座を作り出した形とする。なお、軸部底の円盤裏面に花押【かおう】が墨書され、天蓋裏面および屋蓋内面にもそれぞれ異なる花押が墨書されていることが確認されている。また、屋蓋内部の空隙には紺紙金字大般若経・版本大般若経・版本経典(名称不明)・紙縒【こより】・印仏・願文等・習書【しゆうしよ】などの断片が納入されている。さらに時代は下るが、紙本墨書および版本の大般若経一六六巻(室町時代)が付属している。
総高165.5 総幅96.6 (センチ)
1基
奈良国立博物館 奈良県奈良市登大路町50
重文指定年月日:19970630
国宝指定年月日:
登録年月日:
独立行政法人国立文化財機構
国宝・重要文化財(美術品)
本件は現在米国クリーブランド美術館所蔵の厨子と一対をなす経厨子で、大般若経全六〇〇巻のうち三〇〇巻を一〇〇巻ずつ上下三段に納めていたと考えられる。現在は総体黒漆となっているが、屋蓋や基部の一部に、黒漆の下から金箔がのぞいており、当初は一部を漆箔仕上げとしていたことが判明する。扉絵は、大般若経を護持する十六善神のうち八神を描いたもので、その服飾や装身具はいわゆる宋画に同種の例を散見することから、宋画の図像に則った可能性が指摘されている。
大般若経厨子としては、東京・根津美術館の黒漆春日厨子一基(寛元元年=一二四三)や、奈良・東大寺の大般若経厨子一基(永正五年=一五〇八の奥書のある経典あり、扉に梵天【ぼんてん】・阿難【あなん】・一六善神を彩絵する)など、宮殿形の例が知られているが、円筒形のものはきわめて稀少で、かつ大型の堂々とした形姿を誇っている。扉内面に描かれた天部形も伸びやかな線によって、細部まで入念に描き込まれ、截金や金箔を多用した鮮やかな彩色によって、華麗な趣をたたえている。その画風は、肥痩【ひそう】のある描線や、群青・緑青などの寒色系の多用など、典雅ななかにも次代への傾向が現れ、いわゆる藤末鎌初【とうまつけんしよ】期仏画にあいつうずるところがある。金具類の作りも雄壮かつ入念で、蝶番の連結部では鬼面の両端に出る軸を二握の拳がつかむという、趣向を凝らした意匠が用いられており、後補とはいえさほど時代の降下するものではないと思われる。この種の厨子の遺例のなかでも卓越した作行と規模を誇る優品である。
なお屋蓋納入品の中に、平安後期から鎌倉初期の書風を示す紺紙金字大般若経や、「建久十」(一一九九)と墨書された断片が見いだされ、厨子本体の製作年代を考えるうえで貴重な参考史料である。