銅鉾(長崎県豊玉町黒島出土)
どうほこ(ながさきけんとよたまちょうくろしましゅつど)
概要
明治23年(1890)ごろ、長崎県の対馬の中央部に位置する豊玉町志賀の黒島で銅鉾15本が一括して発見され、届けによって東京帝室博物館に収蔵された。本品は明治28年の帝国奈良博物館の開館にあたって出陳された、その15本のうちの3本で、のちに奈良帝室博物館に寄贈されている。
銅鉾は大形で、身幅も広く扁平で、樋(ひ)部も幅広く長い。袋部も鋳型の土が詰まったまま塞がり、殆ど鋳放しのままで、研磨の痕跡もなく、実用品ではなく、祭祀用の儀器と考えられる。遺跡は対馬を上・下に分ける浅芽湾(あそうわん)の一支湾の一つ、二位浅芽湾(にいあそうわん)の入口付近に位置する黒島にあり、銅鉾が15本一括して出土したのは対馬では最高である。銅鉾の分布地は北九州から四国西半部分に中心があり、狭隘な対馬に約三割が集中していることなどから、外洋航海の安全を祈願する祭器との考えも提唱されている。
奈良国立博物館の名宝─一世紀の軌跡. 奈良国立博物館, 1997, p.277, no.3.