二条城 二の丸御殿黒書院(小広間)
にじょうじょう にのまるごてんくろしょいん(しょうひろま)
概要
二条城 六棟
二条城は徳川家康が京都にのぼった時の居館として創築されたものであって、慶長六年(一六〇一)に着手されたが、工事が行われたのは翌七年からと思われ、同八年三月には家康がここに入城しているから、この時すでに主要な部分は竣工していたのであろう。その後、三代将軍家光が寛永三年(一六二六)の後水尾天皇の行幸を迎えるにあたり、大改修がなされた。二の丸御殿は桃山時代に完成された書院造の最も典型的な例であって、外観においては遠侍、式台、大広間、蘇鉄の間、黒書院、白書院などの各建築が接続しあるいは渡廊下でむすばれ、雁行して、大小の破風や屋根が重なり合って相ならぶ。内部においては主要な部屋には上段の間があり、そこには書院造の格式である床、棚、書院を構え、帳台構を設ける。各部屋とも壁、襖には一面に狩野派の彩色の障壁画を描き、欄間には豊富な彫刻を嵌め、天井の格間には彩色画を施し、長押を始め随所に豊麗な飾り金具を打っている。これらの豪華な手法は桃山時代建築の特色を遺憾なく発揮したものである。
【引用文献】
『国宝辞典(四)』(便利堂 二〇一九年)