ヨハネ黙示録(1)
-その右手に七つの星を持ち,口からは鋭いもろ刃のつるぎがつき出ていた。
概要
ルドンは、ヨハネがパトモス島で最初に見た非現実の幻想的人物をモティーフに選んでいるが、「そのかしらと髪の毛とは、雪のように白い羊毛に似て真白であり」というテキスト通りに、上着を着て胸に金の帯をしめた「人の子のような者」を描いた。幻の人物は周囲の暗闇の中から輝く発光体の塊として姿を現わしている。黒白の強烈なコントラストによる明暗の表現は、「顔は、強く照り輝く太陽のようであった」という記述を最も効果的に視覚化するために用いられたと考えられる。デューラーの「聖ヨハネ黙示録」第2場面の「七つの燭台の幻覚」においては、この場面は金銀細工の燭台と、神の御前に脆くヨハネを伴って描かれた。ルドンはそれらのこまごまとしたモティーフを省略し、「人の子のような者」の口から下方に突き出た十字型の剣と右の掌の周囲に浮かぶ七つの星のモティーフのみを、デューラーから継承し、ルドン自身が作品の主題として引用したテキストに対応する形象の描写のみに精力を費やしている。写実的表現を無視して描かれた人物は、胸元から腹部にかけて幾分複雑な唐草風の柔かい線状形態を垣間見せているが、画面全体の印象は、デューラーの線的な細部描写や高くかざされた右手に炸裂する星の幻覚出現の描写とは対照的に、ルドン独自の深みのある漆黒の闇を強調する簡潔かつ静譜な画面構成に変えられている。画面中央に真正面から描かれた「人の子のような者」は、われわれの方を真っ直ぐに見つめる視線によって、観る者の魂を震撼させる啓示の力を直裁に示す姿にされている。しかもデューラーでは説明的に描かれた中世風の刀剣が、ここではキリスト礫刑の十字架を象徴するかのような単純で印象深い形態に変貌させられた。 (中谷伸生)