千手観音二十八部衆像図像
せんじゅかんのんにじゅうはちぶしゅうぞうずぞう
概要
画面中央で両手をあわせるのは千手観音です。その千手観音を守るように、様々な仏たちが周りを取り囲んでいます。画面の一部は失われていますが、もともと周りには二十八部衆、つまり28の仏の姿が描かれていました。よく見ると、画面右上の角に足の一部が見えませんか。さて、この絵には色が塗られていないので、まだ完成していないのでしょうか。実は、このような絵は色を塗らない「白描(はくびょう)」という表現の仕方で、鑑賞用というよりは、仏画の下絵や設計図として描かれたものなのです。千手観音は、一本一本の手に異なるものを持っています。また、二十八部衆の顔や持ちものも見事に描き分けられています。色が塗られていない分細部までよく見え、別の人が仏の姿を描く時に参照することができるのですね。
こんなに複雑な図像にもかかわらず、描(か)き手はもし失敗しても後から色を塗り重ねてごまかすことができません。いわば、一発勝負の絵です。さて、どのように描かれたのでしょうか。一つ目のヒントは、画面にいくつか見られる茶色いシミのようなものです。もう一つは、背後の岩の影の表現に見られる、墨がはじかれたようなにじみです。これらのことから、この絵は和紙に油をしみこませた油紙(あぶらがみ)に描かれたことがわかるのです。元になった絵に油紙を重ねて、いわばトレーシングペーパーのように線を写し取ったわけです。
平安時代から鎌倉初期にかけて、仏教の最新の教えを求めて中国に渡った僧たちは、仏画や仏像を白描の形で写し取りました。油紙があれば特別な訓練や高い絵の具は必要なく、早く正確に描き写すことができ、また、折りたためばコンパクトに持ち運ぶこともできます。この作品にも、折り目が残っていますね。写し取った絵とはいえ、この作品の線には張りがあり、隅々まで緊張感がみなぎっています。中国の最新の図像を正確に写そうという、描き手の真摯な姿が浮かんでくるようです。