千年寺第二代鐵堂道融和尚墳墓ほか歴代住持墓所
せんねんじだいにだいてつどうどうゆうおしょうふんぼほかれきだいじゅうじぼしょ
概要
千年寺第二代鐵堂道融和尚墳墓ほか歴代住持墓所
せんねんじだいにだいてつどうどうゆうおしょうふんぼほかれきだいじゅうじぼしょ
境内は、もとは金仙堂、護法堂などの伽藍、石燈籠等が配置されていたが、これらの建物はすべて焼失した。現在の境内には、建立当初の建物は残っておらず、嘉永元年(1848)、長継公150回忌の際に再建された鐘楼が修繕、増築を繰り返し、現在の建物となる。境内北側には森長継逆修塔及び周囲の石柵(市指定重要文化財)が現存し、その傍らには千年寺第7代住持石窓和尚の墓がある。第2代住持鐵堂道融の墳墓は、境内南側の丘陵に位置する。ここは、千年寺八景のうちのひとつ「玉几岡(ぎょっきのおか)」と呼ばれる地である。墓は、東西5.5m、南北6.8m、高さ約3mの円墳の形状をなし、前面に切石を4段積み上げて築かれた石室をもつ構造である。北側が開口部となっており、この部分は花崗岩製の切石で塞がれている。石積みが表出している北側開口部を除く墳丘の周囲には幅約1.7mの排水溝が巡らされている。排水溝を含む全体の規模は、東西14.5m、南北18.2mである。閉塞石には、「元禄十五年歳次壬午 當山第二代鐵堂融和尚塔 九月二十有三日」と刻まれている。墓地に向かう道は林になっており、墓域の東西両側には、歴代住持の墓が存在する。
津山市指定
指定年月日:20120626
記念物