線刻十一面観音鏡像(萩蝶鳥文鏡)
せんこくじゅういちめんかんのんぞう
概要
鏡の表面に神仏の像を彫り表した御正体【みしようたい】のことを鏡像と称している。本品も鏡背に、流水に萩・蝶・飛鳥・水草を鋳表した鋳上りのよい白銅質の鏡を利用している。
鏡面には十一面観音坐像を蹴彫【けりぼ】りで表しており、その図像は玄奘訳の『十一面神呪心経』に説く儀軌によったと考えられ、左手に水瓶を載せた蓮華の茎をもち、右手は膝上に展べて数珠をもっている。
鏡背文は、典型的な藤原鏡に比べると文様構成に形式が進み、また鏡胎や縁もわずかに厚手になっており、一般的な様式観からすれば鎌倉時代初期の鏡式と考えられる。
しかし本鏡の背面には鏡面の線刻像と同手と見られる「平治元年」、「潤五月廿五日」、「僧杲覺【こうかく】」の蹴彫り籠字【かごじ】刻銘があり、この種の鏡が平治元年(一一五九)頃には既に製作されていたことが明らかとなっている。
確実な紀年銘を有する平安時代の鏡像は十指に満たず、鏡像・和鏡の数少ない基準作例として、また巧緻で習熟した刻線を示す鏡像の優品としてその価値は高い。