大観の自筆で「滞欧中作成」と箱書きがなされており、明治38年の外遊中の制作であるとわかる。作品名となっている「二頭の龍が宝珠を争う」という言葉は、二つの勢力が拮抗するさまを意味する。本作は、師・岡倉天心が『東洋の理想』の中で述べた、「東洋の理想と西洋の科学という二つの強大な力が、日本人の心をとらえようとしている」との一節をイメージ化したもので、二頭の龍を松の枝に、珠を月に置き換えて描いたところに大観らしい工夫が見られる。
双龍争珠(未完)
横山大観
紅梅
海松