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告別
Farewell
1958年
油彩・麻布 73.0×116.0㎝
香月泰男は、4年間の兵役、抑留、虜囚という苛酷な戦争体験を、そのおりおりの記憶の映像をもとに、さまざまな場面をモティーフにして画面に定着させ、格調高く魂の挽歌をうたいあげた。いわゆる彼のライフ・ワークであったシベリア・シリーズである。この《告別》は、シリーズには入らないが、それらが形作られていく作画の様式変容の過程で、シリーズの特色である彼の創造した黒の基調色が定着し始めるころに描かれた作品である。この作品が描かれる2年前、彼は第1回の渡欧をし、ピカソや現代美術家に接したり、また中世美術に強く印象づけられたが、この渡欧の成果は何よりも彼がかねてから試みていた「黒」についての確信をより強固なものにしたことだった。この作品は、従来の待異な肉づけの形態を大胆な構図にまとめた機知にとむ表現と基本的には変わりはない。しかしここではマティエールの密度が強まりかつての明るい色調は艶(つや)消しの墨色と自、微かな黄色といったきわめて抑制されたものとなり、面の単純化を強くして「ひと」は記号として象徴化され、独特の魅惑ある画面となっている。こうして、やがて彼はシベリア・シリーズとなる作品を次々に結晶させ、東洋画にも通しる厳しい抽象化、抒情の深さへと連ねていくのである。